十一    一人の自覚



七



 ちょうど先帝の御崩御遊ばされて間もない頃、奈良で一人の罪人が憲兵隊によりて捕らえられたことがありました。この

罪人というのは鹿児島県の人で、三年前に種子島で自分の妻共に五人の親族を殺して逃げのび、今日まで巧に警察の手を逃

れていたのだそうで、鹿児島の方ではその当時すでに死刑の宣告を受けていたのだということであります。誠に不思議な人

で、どんな高い塀でも猿のように自由自在に飛び越え、屋根の軒を伝うて走ること猫か何ぞのようで、捕らえられる時にも

町を横切って二町ほど越して逃げたのでありました。どんな鉄の手錠でもすぐに外してしまうので、警察でも監獄でも非常

に困っていたのであります。が、この人が奈良の停車場から汽車で鹿児島の監獄へ送らるる時には、天下に誰一人恐るるも

のもないといった風に、集まっている人々を睥睨して、嘲笑いつつ立って参りました。ところが後にて聞きますと、鹿児島

の停車場に着いて、向こうの監獄に送らるる途中、全く人間が変わったようになって、顔も得上げず、付添の巡査の蔭に

なって、萎れながら監獄に行ったそうであります。私はこの事を聞いて非常に感じさせられました。何故奈良ではあんなに

傲慢な態度であった人が、鹿児島に着いてから急にそんなに変わったのであろうか。ここが味わうべきところだと思います。

 普通にも「旅の恥はかき捨て」ということを申しますが、旅では私共は周囲の人々と全く別立しているので、どの様なこ

とを致しても畢竟それは自分だけの恥だと思っていて、真実に自己の相に接することが出来ないのですが、故郷にあっては

そうではなく、すべての人々が皆自分と関係のある人々であるからして、自分の恥は同時に他の人々の恥になるのでありま

す。それゆえ、私共は自分の恥に気づく時、同時に他の関係ある人々の恥を見逃すことは出来ませぬ。故郷にあっては、他

の人々の上に一々自分の姿を認むると共に、また自分の中に常に他の人々を認むるのであります。かくて人は旅にありてよ

りも寧ろ故郷において真の自分を見るのであります。かの罪を犯した人が、鹿児島へ着いて顔を上げ得なかったのは、彼が

この時初めて真実の自己に気付いたからであろうと思います。彼は他の人々の上に罪に汚れた自己を見た時、また自己の中

に他の人々の自己の罪によって汚された姿を認めたのであります。彼は奈良では、罪はただ自分の罪だけと思っていたが、

鹿児島へ行っては、ただに自分の罪のみでなく、全く自分を取り巻いている人々までも自分の犯した罪によって汚されてい

ることを知ったので、彼は初めて自分だけでない自分の姿を認めて、心の苦痛を感じたのでありましょう。勿論そう瞭然と

理論的に感じはしますまいが、彼がその時の感を解剖して見たら、きっとそうであろうと思われるのであります。

 彼は確かに鹿児島に着いた時には、皆の人に対して会わす顔がなく、真の一人であったのであります。表面より見れば、

奈良でこそ一人であったのであるが、彼の心から申せば、鹿児島へ着いて初めて一人になったのである。しかし、彼が一人

と感じたのは実に一人でなかったからで、彼がすべての人々に顔が会わされず、繋がる人々から捨てられたと感じたのは、

全く彼の心の中に他の人々が宿っていたからであります。私はこの点が大いに味わいのあるところであると思う。『法華経』

の長者窮子の喩えのように、私共の生活は旅に彷徨うての生活である。故郷を離れ親を忘れての生活である。故郷を忘れ親

を忘るる者は、すなわち自己を忘るる者である。私共はどうしてもまず故郷に帰らねばならぬ。故郷はすなわち我である。

我の内に故郷の姿を見出した時、私共は初めて真の同時に自分の姿を見出すことが出来る。けれど、それで止むべきでない。

私共はなお進んで親の膝下に向かわねばなりませぬ。ここに真実自己の生命に触れるのであります。親を外にして自己の生

命はない。親を見出すのは自己を見出すのである。如来は久遠の親であります。私共はまず自己に還りて、ここに如来の大

悲に甦らねばなりませぬ。

 自己を忘れておる人は一切を失うておる人である。自己を見出したる人は一切を得た人であります。