十九 生命の叫び 一 昨日までの寒さに引きかえて今日は珍しい暖かさでありました。まだ時候からいったらこんな暖かさは順当で 第に晴れて行くにしたがって、日の光は眩きばかり麗しい黄金の粉を撒き散らして、歓楽の匂いは天地一杯に漂 はないので、よくないのかも知れませんが、しかし暖かいのはいつであっても快いものであります。朝の露が次 うていました。まだ裸のままのみすぼらしい骨ばかりの樹々の森も、柔らかな羽衣のような霞につつまれていて、 春の色調は溢るるばかりに私共の閉ざされたる胸をそそるのでありました。永い間陰鬱な灰色の厚い氷に鎖され ていた胸の情緒が、俄にこの恩恵の温かい手によりてその圧迫から逃るることが出来て、自由な広々とした天地 に翱翔しようとして、胸の底からむくむくと湧き返るかのように感ぜられました。私はどうしても家にじっとし ているのが、自分でそれと知りつつ罪でも犯している時のような堪えられない気持ちが致しまして、とうとう家 を飛び出して、今、熊野の剣神社のあたりをぶらぶらと散歩いたしました。何か冥想しようとしましたけれど、 どうしても心がそんな方に向いて参りません。じっと落ち着いて一所に考えを集注せしむるというような静かな 気分はどこかへ行ってしまって、ただもうそわそわとした、両肺の間を羽毛でくすぐらるるような若々しい懐か しい気持ちで胸が一杯になっていました。私は自分の魂が全生命の力を籠めて今しも躍り出して行くのではない かと思うほど希望に満ちた勇ましき生の力を感じました。ちょうど栄誉と勝利の戦場へ血に向かって進軍する年 少気鋭の勇士のように、心臓の鼓動の一つ一つが生命の光が輝いているといったような生存の大威力を味わいま した。何処を向いても春の長閑さが一杯に取り巻いています。鳩の毛のような色に光ったやさしい温かい薄靄は、 尖った裸の梢にとりついて慈愛の接吻を注いでいるようであります。そこには憂慮だの煩悶だの悲哀だの悔悟だ のというような心持ちは影だも見ることが出来ません。ただもう今にその梢を破って表れようとする樹木の精が 目覚ましい勢いを以て呼吸しているのが見えるばかりであります。私はここに生命の真の相に触るることが出来 たのであります。 二 生命とは何ぞや。かように申せばずいぶん難しいことにもなりましょうが、しかし今、私はそんな難しいこと を申したくはありません。あの恐ろしいばかりの力の籠った、ただもう一途に芽ぐもうとしている、あの生き生 きした梢を眺めていますと、どうしても生命ということを感ぜずにおられないのであります。真に生きるものは、 ああなくてはなるまいと思います。ぐずぐずした俯きがちの生活に何の力がありましょう。他人の思惑や外国の 事情にばかり気をひかれて、泣いたり悲しんだりしていることに何の値がありましょう。大切な自分の生命には 蓋をして、単に影を大きくすることばかりに齷齪としているようなのは、自らの生命の自殺を謀っているような ものだと思います。人間は皆、生きているという。が、その生きているというのは、どんなことを申すのであろ うか。私は人間の生活ということを思う毎に、それがことごとく生命の死滅であるかのように思えてならないの であります。何故あの春の芽生えのような、または初夏の若葉のような、そんな麗しい生き生きした歓ばしさが 人間生活を眺めた上に得られないのであろうか。もとより人間は樹木以上に生きたものであるに違いない。否、 それはもっともっとあらゆる一切の生きているものの内で、最も尊く生き得るものでなければならぬのである。 それであって、人間の生活から真の生命の感を汲むことが出来ないのは、どうしたものであろうか。近頃は最も この生命ということが著しく叫ばれるようになっていますが、真の人間としてこれは当然叫ばれねばならぬ衷心 の叫び声であります。けれど、生命の叫びは声ではありません。生命の叫びは自己が真実の道に進まんとする力 そのものであります。この力の途絶された時、声の叫びが発せられます。声の叫びの高いのは、かえって生命の 力の途絶されていたことを反証してはいますまいか。生命の叫びは沈黙の叫びであります。私共が真にこの生命 力に順応することが出来た時は、一切の叫びが失われて自我の全体が沈黙の歓喜境に這入った時であります。 |