生命の宗教



序



この書の内容のほとんどすべては雑誌『家庭講話』に掲載したものであって、それは私という小さな不可思議な魂が自己

の生命の光を求めて辿った生の足跡の一部に過ぎないのであります。これが他の人々にとりて多少の参考になるかどうか、

それは私にはわかりませぬ。ただそれは私の過去の足跡であるという点において、私にだけは思い出の栞とはなります。け

れどこうした栞に対して私はあまり執着は持っていません。生の進展の上には回顧の必要を感じないからです。私の過去は

いつでも現在の私の上に生きて働いているのですから、私はただ一歩々々進んで行きさえすればよいのです。それなら何故

こんな小さなものをわざわざ出版したのかと言えば、それには何も深い意味があるのではありませぬ。法蔵館主が出したら

どうだ、自分にはそれほどの意義がなくとも、また何かそれによりて益する人があるかも知れないからと申されたので、も

とより当時は読んで貰うために書いたのだから、今さら拒む訳もないと思って、その勧めに随ったのです。ただ私はこの書

を読んでくださる方にお願いしておきたいのは、内容のよしあしにかかわらず、どうか文字の上に拘泥せずに、この書を手

にしてくださったのを縁として、各自己の生命を中心として、真面目の生活に進んで行って戴きたいということであります。

私はただ皆さんと真実の意義において心の友となりたいと、それのみ一心に願っているのであります。



大正五年四月二十三日 著者識