釈迦如来楞伽山       釈迦如来、楞伽山にして

為衆告命南天竺       衆の為に告命したまわく「南天竺に

龍樹大士出於世       龍樹大士世に出でて

悉能摧破有無見       悉く能く有無の見を摧破し

宣説大乗無上法       大乗無上の法を宣説し

證歓喜地生安楽       歓喜地を証し安楽に生ぜん」と



有無の見



 この段はお釈迦様が南印度の楞伽山でお説きになったお経の中で、沢山の菩薩達に向か

って、「後の世に南印度に龍樹菩薩という方が出られて、有無の邪見を悉く打ち破って優れ

た大乗の教えを広く説いて、自らも喜びに満ちた悟りの境涯を実証し安楽浄土に往生され

る」と予告なさいました。その予言通りにお釈迦様の五百年の後、南印度に龍樹菩薩がお

出ましてなりました。そして智度論とか中論とかの論文をお書きになって、先ず私達の取

りつかれている「有無の邪見」を打ち砕いて下さいました。私達は我が身にとって一番大

事な事を忘れてしまって、世界は実体として永遠に存在するのか、又滅びてしまうのか、

霊魂は実在するのか、肉体との関係はどうなのか等と色々と詮索いたします。例えば幽霊

があるかないか等は格好の話題になります。「幽霊の正体見たり枯尾花」の句のように、幽

霊は恐怖心の起こす幻覚であるという人と、「いや、確かにいる、私は見たのだ」という人

がいます。然し見たという人もその証拠を示すことは中々出来ません。結局あるというの

も、ないというのも所謂水掛け論に終わりますが、幽霊のあるなしは結論が出ないからこ

そ幽霊なのです。枯尾花は幽霊ではありませんし、又見たという人も証拠が手に入ったら

その時から幽霊ではないのです。

 私達の周りにある一切の物が、その根源を探って行けば行き着く所はないでしょう。私

達の祖先を訪ねてみても、その初めは決して私達の視野に入って参りません。又将来の事

を予測しても、ある限界を超えればもう漠然たるものです。そう考えれば私達のこの娑婆

は皆、あるともないとも決着のつかない幽霊のようなものです。親鸞聖人は歎異抄によれ

ば、「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもてそらごとたわごと実(まこと)

ることなきに、たダ念仏のみぞまことにておはします」とお示し下され、蓮如上人はお文

の中で「我が身ありがほの体をつらつら案ずるに、た、夢のごとし、幻のごとし」と仰せ

られております。織田信長も桶狭間に出陣するに際して「人間五十年、下天(けてん)の内をくらぶ

れば、夢まぼろしのごとくなり」と幸若舞の一節を舞ったと伝えられております。

 私達の取り囲まれているこの世の物はその根源は、私達が知ることの出来ない夢幻のよ

うなものであるかも知れません。それを詮索してみても、得られるものは私達のたかぶっ

た邪な見解だけでしょう。正信偈の中にも、邪見憍慢の悪衆生と呼ばれております。この

私達も、この世間の夢幻であることを知らされるとき、その知らしめるものは決して夢や

幻ではありません。それこそ目覚めた真実の知恵なのでございます。この知恵によって初

めて私達の「世間虚仮」の言葉が真実になるのです。

 「日本人は噓つきだ」と日本人が言ったとします。この言葉が真実であれば、日本人は

噓つきではありません。そして日本人が噓つきでなかったら、この「日本人は噓つきだ」

という言葉は噓になってしまいます。この様に知恵に限りのある私達が勝手に、知恵に限

りのない仏様のような事を申せば、それは必ず邪な見解になってしまうのです。私達は自

分の限界を知って、夢幻は夢幻のままに受け取って行く所に真実があるのではないでしょ

うか。或る俳人が一夜を浄土真宗のお寺で過ごされたそうです。本堂の隣の部屋で休んで

いると、夜中に本堂で人の気配がして鉦が鳴ったので、朝食の時その事を住職に告げられ

たところ、住職はただ「ああ、そう」と言って早速若と「婆さんが亡くなったらしいから

七条はどれにしようか」と相談を始められたそうです。そして、「門徒の信者の人が、時々

本堂にお別れに来られるのです」と平然と話されたそうです。念仏者は幽霊を見ないと申

しますが、現実を夢幻と見ている者には幽霊の出ようがないのかも知れません。お念仏の

裏打ちが大事でございます。



平成四年十一月