善導独明仏正意 善導独り仏の正意を明せり 矜哀定散与逆悪 定散と逆悪を矜哀して 光明名号頭因緣 光明名号因縁を顕す 親ごころ 善導大師は、過去の列祖の教えを受け、他の学者達とは違って、独り仏様の御本意を明 らかに会得せられました。仏様は一方には道に進みながらも、精神修養(定)とか道徳的善 行等(散)と自力の迷執から離れられぬ者達や、又少しも道に心を懸けず、道に逆らって我 執を貫こうとする者達(逆悪)を、斉しく哀れに思われ、遣(や)る瀬無(せな)い親心からそういう人達 を救うために、お名号となってその人達の心に住みつき、聞法を通しては光明となって、 その人達の心をお育て下さることを、善導大師は私達にお示し下さいました。 善導大師は、凡そ千三百八十年程前に、中国に生まれられました。幼少の頃に出家せら れ、明勝という学匠に就いて勉学に励まれました。後には又、他の学匠にも就いて色々学 ばれましたが、心に満足を得ることが出来ず、仏教の全集とも言うべき大蔵の中から手に 任せて経文を探られました。遇々手に触れたのが観経というお経でございました。そして 善導大師は一心にこの経によって観法に励まれましたが、それでも本当の満足を得ること が出来ず、再び求道の旅に出られました。その頃遇々道綽禅師が晋陽という所に居られる 事を聞かれて、禅師を訪ねられました。禅師はその時、善導大師に「無量寿経」を授けら れました。この事によって無量寿経を通して観経を読まれた善導大師は、始めてこの経典 に説かれている仏様の御本意に気付かれました。 私達は仏様と同じ安心の境地を求めて、精神修養だとか、道徳的善行に走ろうと致しま す。その事は決して悪い事ではないでしょうが、成し遂げることは容易な事ではありませ ん。それというのも、私達の心の中には生まれながらにして、俺が俺がという我執我慢が 潜んでいるからです。修養とか善行は、この我執を押さえて沈黙させようとするのですが これが中々困難です。我執を押さえようとするのも又、同じ我執だからです。修養も善行 も、結局自我を頼りにしているのですから、本質的には我執を貫こうとする逆悪と違いは ありません。何れにしても私達は自力を当てにしては、悟りも安心も得られません。そう した当てに出来ぬものを当てにして悩み苦しんでいる私達を仏様は何とかしてやりたいと 願っておられます。「矜哀定散与逆悪」とは以上のようなことでございましょう。然しこの 仏様のみ心は、中々私達には理解出来ません。この世における親心でも言葉では表わせま せんし、又「お前が可愛い」と言っても子供に素直に受け取られるものでもありません。 却って何も言わずに、ほろりと流した一雫の涙が親心を訴えたり致します。況(いわん)や、仏様の み心は言亡慮絶(ごんもうりょうぜつ)と言われるように、私達の心も言葉も及ばない深く弘いみ心でございます。 仏様の私達に対する切ない遣る瀬無い親心を、親鸞聖人は「不可思議の本願」とか、「誓願 不思議」とか仰せられました。私達は口では不思議とか不可思議とか申しながら、この小 さな頭で仏様のみ心を理解しようと致します。そうした欲求に応ずるために、仏様のみ心 は沢山な経典やお聖教となって、私達の前に現れて下さっているのです。そして仏様の御 本心は、お名号として名告(なの)り出て下さって、唯念仏せよのみ教えとなって私達の心に住み 着いて下さったのです。「お父さん」「お母さん」という呼び名が、親心として私達子供の 心に住み着いているように「南無阿弥陀仏」のお名号が私達の心の中に入り込んで下さっ ているのです。私達は如何ほどお聖教を読んでも、仏様のみ心が分かったとは申せません。 然し、仏様のみ心が分かろうと分かるまいと、私達の上に仏様のみ心が四六時中かけられ ているのでございます。このお慈悲に気付いて南無阿弥陀仏とお念仏する時、私達は仏様 のお救いに与(あずか)るのです。この前の日曜日のテレビの宗教の時間に、岸上たえとおっしゃる 歌人の方のお歌で、 分からぬは分からぬでよし まるまると お慈悲の中にあると 思えば というのが紹介されました。私達は唯ただお念仏させて頂く事が、善導大師の御恩に報い る事でございましょう。 南無阿弥陀仏 平成五年七月 |