開入本願大智海       「本願の大智海に開入すれば

行者正受金剛心        行者正しく金剛心を受け

慶喜一念相応後        慶喜の一念相応の後

与韋提等獲三忍        韋提と等しく三忍を獲

即證法性之常楽        即ち法性の常楽を証せしむ」といえり



念仏の心



 この世でもがき苦しんでいる私共衆生を何とかしてやりたいという、仏様の広く深い親

心に気付かせて頂き、私共のはからいを超えた仏様の暖かい親心に包まれている事に気付

かせて頂いた時、私共は最早疑うことの出来ない確かな、金剛石の様な仏様のみ心を頂き、

喜びの心が沸き起こってきた時、私共は観経の中の韋提希夫人と同じ様な深い喜び(喜忍)

と仏智不思議の悟り(悟忍)と、仏様と心の通いあう境涯(信忍)とを体験させて頂くの

です。そして私共はやがて必ずお浄土へ参らせて頂く安心を得させて頂くのです。

 昔中国の唐の時代に、杭州の西湖の近くに道林という高僧がいらっしゃいました。この

方は常に樹上に鳥の巣の様な席を拵えて、その上で座禅をしておられました。当時有名な

詩人で白楽天という方が、この杭州に知事として赴任して来られました。白楽天は鳥窠禅

師(ちょうかぜんじ)と呼ばれていたこの高僧の噂を聞いて訪ねて参りました。そして樹上で座禅をしている

禅師に仏の正意を問いました。その時樹上の禅師は即座に「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其

意 是諸仏教」と答えられました。つまり、悪い事はするな、善い事をせよ、心を浄らか

にするように心がけよ。これが諸々の仏の教えなのだ、ということです。白楽天は「そん

な事なら七歳の童子でも知っている」とやり返しました。禅師は「七歳の童子でも知って

おるのに、八十歳の老人でも出来ない」と答えられました。この答えを聞いて白楽天は深

い感銘を受け、この禅師に師事いたしました。その後、白楽天がどの様な修行をしたかは

分かりませんが、善い事、悪い事とは一体どんな事でございましょうか。

 仏教では十善とか十悪とかが説かれておりますが、悪の根源はどうやら私共の我執にあ

るようです。自分勝手な事をするとか、何時でも自分を中心にして事を行うとき、私共は

悪いと言われるようです。そんな時は必ず批判されたり、非難されたり、抵抗されたり、

反撃されたり致します。そこに争いが起こり、怒り腹立ち、そねみ、ねたむ心が起こって

参ります。反対に自分の事を忘れて、皆の事を考えたり、他人の事を主として事を行う時、

それは善い事をしたと言われ、喜ばれ感謝されます。然し我執というものは、私共の中に

生まれ付き、そして死ぬまで根付いているものです。言わば、生きているということと同

義語位に、私共に深い関わりがあるのです。我執を捨てるということは、中々出来る事で

はありません。それではどうしたら善が出来るのでしょう。その為の一つの道として、仏

様は私共にお念仏を教えて下さいました。南無阿弥陀仏は、阿弥陀様にお任せしますとい

うことですから、我執を捨てますということですが、然し、唱えるということになると、

そこで私が唱えるということで我執が入り込んで参ります。それは丁度、力を抜くことに

力み返っているようなものになってしまいます。仏様のみ教えを聞いておりますと、こん

な、どうしても我執の抜け切れない、そして俺が俺がと自分だけを振りたてて、結局独り

ぼっちで苦しみの世間を渡って行かねばならない私共を、充分ご承知の上で何とか救って

やりたいという親心から、お念仏が案じ出されたのであると、気付かせて頂くのです。一

番大事な事は、口で唱えるお念仏ではなくて、私共の上にかけられた何とかしてやろうと

いう仏様の遣る瀬無い親心を頂くことです。丁度受験生の親が試験の日に、そわそわとど

うしても落ち着けないように、又昔良寛様が、村人が稲作に忙しい時期に、働いている村

人の近くで、じっとしておれなくて行ったり来たりしておられたというお話が教えてくれ

る様に、仏様のみ心はこのあくせく苦しんでいる私共を、じっとしておれずに、そわそわ

としながら見ていて下さるのです。そのお念仏のお慈悲に気付いた時、唱えるお念仏は何

時しか、仏恩報謝の称名念仏にかわるのです。



南無阿弥陀仏



平成五年八月