源信広開一代教        源信広く一代の教えを開き

偏帰安養勧一切        偏に安養に帰して一切を勧む

専雑執心判浅深        専雑の執心浅深を判じて

報化二土正辨立        報化二土正しく弁立せり



真の浄土



 源信僧都は大和国葛城郡当麻のト部正親という方を父として天慶五年(九四二)に誕生

せられました。七歳の時に父と死別せられ、九歳にして天台の名匠良源僧正という方の門

に入られ、十三歳で得度して源信という名を賜られました。後に横川の慧心院に閉居して、

専ら道業を励み、著述を事とせられました。永観二年(九八四)四十二歳の時、稿を起こ

して「往生要集」を著されました。源信僧都はその中でお釈迦様一代の教えを広く研鑽解

明せられ、仏様の正意はお念仏の教えであることを自らも深く信じ、且つ一切の衆生に勧

められました。僧都は、お釈迦様の教えの根本は厭離穢土·欣求浄土であるとせられまし

た。私共は常日頃、持って生まれた三毒の煩悩即ち欲や腹立ちや愚痴にまみれて、行く末

は餓鬼道、地獄道、畜生道に堕ちるより他にない生活をしております。その事に気付いた

ならば、一刻も早くこの苦悩の生活を離れて、真に心の安らぐ浄土を願わなければなりま

せん。物心ついてからこの方、又これから先何時までという当てもない、然も暫くも安ら

ぎのないこの苦悩の世界を離れて安楽浄土への往生を願えと教え、そして往生の唯一の道

はお念仏であると教えて下さったのはお釈迦様でございました。親鸞聖人は御和讃で、

   娑婆永劫の苦をすてて

      浄土無為を期すること

      本師釈迦のちからなり

      長時に慈恩を報ずべし

とお詠みになっておられます。本師釈迦のちからとは、阿弥陀経の中でお示し下さった念

仏往生の道でございましょう。阿弥陀経には「舎利弗よ、若し善男子善女人あって阿弥陀

仏を説くを聞いて、名号を執持して、若しくは一日 …… 若しくは七日、一心にして乱れざ

れば、其の人命終わる時に臨んで、阿弥陀仏諸の聖衆と与(とも)に、其の前に現在して、是の人

終わる時心顛倒(てんとう)せず、即ち阿弥陀仏の極楽国土に往生することを得」と説かれています。

僧都は九歳の時、良源僧正の門に入られるに際して、母上から父上の形見として錦の袋に

入った阿弥陀経を授けられたそうですが、この阿弥陀経のみ教えをこそ、お釈迦様御一代

のみ教えの要であると頂かれたのだと思います。

 さて然し、私共はいくらお念仏を唱えても、若し仏様の御来迎に会わなければ自分では

娑婆を捨てたつもりでも、本当のお浄土に参ることは出来ません。私の唱えたお念仏の功

徳では真のお浄土へは往けないのです。それは私共が心に描いた観念の浄土で、丁度親の

居ない家庭のようなものです。私共は一心一向にお念仏していると、必ず仏様にお出会い

することが出来ます。その仏様の大慈悲の親心に出会った時を、このお経の中では、阿弥

陀様がお迎えに来て下さるとお示し下さっているのです。仏様とお出会いしそのお膝元に

ある安らぎの思いをこそ、報土と説かれ、仏様との出会いのない浄土が化土と呼ばれてい

るのでしょう。私共が親様としての仏様にお出会いし、仏様と共にある時、私共には娑婆

と浄土の区別はありません。仏様の親元にある時私共は親様のお手伝いとして、五濁悪世

と呼ばれるこの娑婆で働かせて頂くのです。仏様のお手伝いとは、お釈迦様と同じように、

縁ある人にお念仏を勧めることです。親鸞聖人は御和讃で、

   安楽浄土にいたるひと

      五濁悪世にかへりては

      釈迦牟尼仏のごとくにて

      利益衆生はきはもなし

とお詠みになっておられます。源信僧都は、私共が一心一向にお念仏していれば仏様のお

はからいによって、必ず仏様にお出会いさせて頂けるとお教え下さいました。その上は仏

様のお手伝いとして、お浄土と娑婆の間を往ったり還ったりの自由の境涯を報土即ち真実

のお浄土であるとお示し下さいました。それに対してたとえお念仏を唱えていても、自力

の執心から離れられぬ間は、本当のお浄土ではない化土に留まるとせられました。この様

に報土と化土とを判然と区別してお示し下さいました。



南無阿弥陀仏



平成五年九月